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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)107号 判決 1987年5月27日

原告 羽原起興 外六名

補助参加人 藤沢徹

被告 東京拘置所長 国

主文

一  原告らの被告東京拘置所長に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告らの被告国に対する原告羽原起興、同磯江洋一、同荒井まり子、原告ら補助参加人藤沢徹、訴外大道寺將司、同斉藤彰、同荒井政男、同黒川芳正、同小原茂夫、同田村正、同片岡利明、同小山幸雄、同生田正美、同岩橋浩、同永田洋子、同植桓康博及び同袴田巌を東京地方裁判所昭和五五年(行ウ)第一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させる義務があることの確認を求める訴えをいずれも却下する。

三  原告らの被告国に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告東京拘置所長(以下「被告所長」という。)が、東京地方裁判所昭和五五年(行ウ)第一〇三号事件(以下「一〇三号事件」という。)の昭和五六年五月二七日、同年六月二六日、同年九月二日、同年一一月二日、同年一二月二四日、昭和五七年三月二三日及び同年七月一五日の各口頭弁論期日に原告羽原起興、同磯江洋一、同荒井まり子(以下、同原告ら三名を「収容原告ら」という。)、原告ら補助参加人藤沢徹、訴外大道寺將司、同斉藤彰、同荒井政男、同黒川芳正、同小原茂夫、同田村正、同片岡利明、同小山幸雄、同生田正美、同岩橋浩、同永田洋子、同植桓康博及び同袴田巌(以下、収容原告らを含む右の一七名の者を「収容者ら」という。)を出頭させなかつた処分がいずれも無効であることを確認し、右各処分をいずれも取り消す。

2  被告らは、収容者らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させる義務があることを確認する。

3  被告国は、収容原告らに対し各金一〇万円及びこれに対する昭和五六年五月一四日から完済まで年五分の割合による金員並びにその余の原告ら(以下、同原告ら四名を「獄外原告ら」という。)に対し各金一五万円及びこれに対する昭和五六年五月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文一ないし四同旨。

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  収容者らは、後記3記載の処分当時、刑事被告人、懲役刑確定者若しくは死刑確定者として東京拘置所に、又は懲役刑確定者として他の監獄にそれぞれ収容されていた者であり、獄外原告らは、獄中者に対する、諸般の救援活動を行つている「獄中者組合」の獄外事務局員である。

2  昭和五五年五月当時東京拘置所に収容されていた、収容者ら、原告増渕利行、同冨塚信宏及び他の者八名の合計二七名並びに獄外者の原告藤沢典子及び本多良和は昭和五五年八月一二日、被告所長が昭和五五年五月一四日に、当時同拘置所に収容されていた右の二七名の者に対してした書籍「獄中生活のてびき」(以下「本件書籍」という。)の閲読不許可処分の取消し、被告国に対する損害賠償等を求めて、東京地方裁判所に一〇三号事件の訴訟を提起し、同事件は現在同裁判所に係属している。(なお、一〇三号事件の原告らは、訴訟提起後順次取下げ等により減少し、現在は一六名となつている)。

3  一〇三号事件の口頭弁論は、昭和五六年五月二七日、同年六月二六日、同年九月二日、同年一一月二日、同年一二月二四日、昭和五七年三月二三日及び同年七月一五日の合計七回開かれたところ、収容者らのうちその大部分を占める当時東京拘置所に収容されていた者は、被告所長に対し、右各期日につき、出頭の出願をしたが、被告所長は、そのすべてについて出頭不許可処分(以下「本件処分」という。)をし、右各期日の前日に出願者に対しその旨の告知をした。

なお、収容者らのうち他の監獄に収容されている者は極く少数であるが、それらの者についても、同様に出頭不許可の処分がされている。

4  本件処分の違法性

本件処分は、次のとおり違法、無効なものである。

(一) 憲法八二条、三二条違反

憲法三二条は、何人も裁判所において裁判を受ける権利を基本的人権として保障し、憲法八二条は憲法に定める例外の場合を除き公開法廷における対席対審の裁判を行うべきことを定めている。そして、純然たる訴訟事件につき当事者の意思いかんに拘わらず終局的に事実を確定し、当事者の主張する権利の存否を確定するような裁判が、憲法の定める例外の場合を除き公開法廷における対席対審によつてされないとしたら、それは憲法八二条に違反するとともに、憲法三二条が基本的人権として裁判を受ける権利を認めた趣旨を没却するものである。

収容者らのごとき刑事被告人、懲役刑確定者及び死刑確定者においても右憲法に定める公開法廷における裁判を受ける権利を有している。希望する当事者が当該口頭弁論期日に出頭できない裁判は、公開法廷における対席対審の裁判とはいえず、憲法八二条、三二条に違反するものである。そして、収容者らは、一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭することを求めているものであるところ、本件処分は、収容者らが同事件の各口頭弁論期日に出頭することを禁止し、実質的に収容者らの裁判を受ける権利を奪い、かつ、収容者らの公開法廷における対席対審の裁判を受ける権利を奪うもので、実質的に非公開の裁判を強行することになるから、憲法八二条、三二条に違反する違法なものである。

(二) 憲法七六条違反

一〇三号事件の一方当事者である被告所長及び同国が、その強制力により収容者らの出頭を禁止することは、公開法廷における対席対審の裁判を、行政権力により阻止するものであつて、司法に対する行政権力の支配、介入であるところ、憲法七六条は立法、行政からの司法の独立を定めているから、本件処分は、同条に違反する、行政権力による司法への支配、介入として、違法なものである。

(三) 出頭禁止規定の不存在

監獄法令には、収容者らのごとき監獄収容者を、一〇三号事件のような行政事件の口頭弁論期日に出頭させなくてよいとする規定は存在しない。仮にその旨の規定があるとしても、憲法八二条、三二条に定める基本的人権である公開法廷に出頭して対席対審の裁判を受ける権利がこれに優先するから、被告所長は、収容者らが一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭することを禁止する権限を有しない。したがつて、本件処分は違法である。

(四) 拘禁目的と出頭禁止

収容者らのごとき監獄収容者は、罪証隠滅及び逃亡の予防その他の拘禁の目的に反しない限り、その権利は最大限に尊重されなければならないから、右拘禁目的に照らし、真にやむを得ない「明白かつ現在の危険」がある場合に限り、正当な事由に基づき、合理的に必要とする最小限度においてその権利を制限することができるというべきである。そして、憲法三二条に定める裁判を受ける権利を制限するに足る正当な理由はないから、本件処分は違法である。

(五) 裁量権の濫用

(1) 被告所長は、本件処分の理由として、

(ア) 第一回口頭弁論期日には、民訴法一三八条の擬制陳述の規定が適用されるから、収容者らが出頭する必要はない、

(イ) 法律扶助制度や訴訟代理人をつける方法もあるから、収容者らが出頭しなくても訴訟はできる、

(ウ) 収容者らを出頭させることにより、管理上の支障が生ずる、

ことを掲げている。

(2) しかし、右(1)記載の本件処分の理由は、次のとおりいずれも合理的理由とはなりえないものであるから、本件処分は裁量権を濫用した違法なものである。

(ア) そもそも、民訴法一三八条は、当事者が任意に出頭しない場合のやむをえない応急措置を定めたものに過きず、当事者の一方を出頭させない根拠となるものではないし、訴訟の一方当事者である被告所長の本件処分により出頭を禁止されている収容者らが右規定の適用を強制されるいわれはなく、むしろ、出頭の意思を有するのにも拘わらず、被告所長の本件処分という自己の責に帰さない事由によつて出頭できない収容者らには適用されるべき余地のない規定であるから、民訴法一三八条の規定をもつて、収容者らを出頭させない理由とはならない。

(イ) 現在、法律扶助制度としては、弁護士会による法律扶助協会があるに過ぎないが、その扶助を受ける権利は当然に認められるわけではない。そして、一〇三号事件のように訴額が少なく、その事案の性質上、特殊、複雑な内容を持つ訴訟は、法律扶助の対象から外されるのが通例であるから、仮に収容者らが法律扶助の申出をしたとしても、扶助を受ける可能性は皆無に等しい。また、法律扶助を受けるか受けないかは、収容者らの意思に任せられるべきものであつて、被告所長に強制されるいわれはないから、法律扶助制度が存在することをもつて、本件処分を適法とする理由とはならない。

(ウ) 収容者らが、一〇三号事件に訴訟代理人(弁護士)を選任するか否かは、収容者らの意思に任せられるべきものであつて、被告所長に強制されるいわれはない。

また、我が国の裁判の七〇パーセントが本人訴訟であることや弁護士費用が多額であることに照らせば、訴訟代理人による訴訟は我が国の実状としては非現実的なものであるし、収容者らは本来訴訟上の救助を受けるべき無資力者であるのを、訴訟の遅延を避けるために原告藤沢典子及び同本多良和ら獄外にいる者の悲壮な協力を得て一〇三号事件の手数料を納付したものであつて、到底弁護士費用を支払える資力などは有していなかつた。

更に、一〇三号事件の原告らのうちには、収容者らのごとく東京拘置所又は他の監獄に収容されている者が少なくなかつたから、その意思を統一し、確認する場としては法廷しかなく、また、一〇三号事件は収容者ら本人自身が現実に訴訟行為をすることによつて初めて原告側の有効適切な訴訟行為が期待できる事件であつたから、収容者らは現実に一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭する必要があつたものである。

被告所長の訴訟代理人をつける方法もあるという理由は、収容者ら側の事情を無視して、無理難題を押し付けるものであつて、本件処分を適法とする理由とはならない。

(エ) 管理上の支障の欠如

(a) 被告所長は、収容者らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させることにより、管理上の支障が生ずると主張するが、そもそも、管理上の支障なるものは、事柄の性質上、実際に収容者らを出頭させた結果として初めて分かるものであつて、出頭以前に支障を予想することは根拠のないものである。

(b) 被告所長は、収容者らに係る刑事事件の公判期日には、収容者らを護送バスで東京地方裁判所の仮監へ護送し、そこから各公判の法廷に出頭させているが、これらは被告所長の通常の職務執行として何らの管理上の支障なく反復して継続的に執行されている。そして、一〇三号事件の原告らのうち、同事件の口頭弁論期日当時に東京拘置所に収容されていたものは一九名足らずであつて、被告所長の行う刑事被告人を公判期日に出頭させる職務に格別の影響を及ぼす人数ではないから、一〇三号事件の口頭弁論期日に収容者らが出頭するにしても、被告所長において、公判期日の出頭と同様の方法を取りさえすれば、管理上の支障が生じないことは明らかである。

(c) 仮に刑事事件と民事事件(行政事件を含む。特にことわらない限り、以下同じ。)とは性質が異なるとしても、刑事事件には積極的に出頭させるが、民事事件には出頭させないというのは極めて不合理な差別であつて、本件処分は、憲法一四条に違反するものである。

(d) 仮に収容者らの出頭について、何らかの事故の発生が予想されるとしても、刑事事件の公判期日において通常取られている予防的戒護により、充分防止することができるものである。また、監獄法令上、戒護権の事前行使は原則として禁止されているから、具体的な事故の発生していない時点において、単なる予想に過ぎない管理上の支障に基づいて戒護権の事前行使である口頭弁論期日の出頭禁止をすることはできない。

(e) 裁判長の訴訟指揮による法廷警察権や法廷等の秩序維持に関する法律による制裁制度により、法廷における秩序維持は充分にされるのであつて、収容者らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させても、管理上の支障は生じないというべきである。

(f) 収容者らは、自己の権利の救済を求めているのであるから、一〇三号事件の口頭弁論期日において自己にマイナスになるであろう行動にでる筈はなく、管理上の支障は生じないというべきである。

(g) 被告所長は、収容者らのうちの一人である原告羽原起興を原告とする東京地方裁判所昭和五五年(行ウ)第五六号事件においては、同原告を何らの支障もなく、その口頭弁論期日に出頭させ、更に、収容者ら以外の東京拘置所収容者を当事者とする訴訟の口頭弁論期日に当該収容者を毎回出頭させている事実もあり、一〇三号事件に限り収容者らを出頭させないという本件処分は合理的根拠のないものである。

5  義務確認訴訟の適法性

(一) 原告らの被告らに対する、収容者らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させる義務があることの確認を求める訴えは、いわゆる義務確認訴訟であり、行政庁に一定の行為義務があることを事前の判断で拘束するものではあるが、それは行政庁に一定の作為義務があるとの裁判所の法的判断の結果に過ぎないから、裁判所が行政行為をしたものとはいえない。したがつて、義務確認訴訟は適法なものである。

(二) 仮に当該行政行為をするか否かについては行政庁の第一次的判断権が重視され、裁判所の審理判断は事後的なものを原則とするとしても、当該行政行為が法律上覊束されていて行政庁の第一次的判断権を重視する必要がない程度に明白であり、かつ、事前の司法審査によらなければ回復困難な損害の生ずる緊急の必要性があり、他に有効な救済手段がない場合には、例外的に義務確認訴訟は許されるべきである。

本件においては、被告所長は、収容者らが一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭することを禁止しているが、その禁止の理由から考えて今後の口頭弁論期日においても出頭を禁止することは明らかである。そして、右4記載のとおり収容者らの出頭を禁止する処分が違法、無効であることは明白であり、出頭禁止処分が執行されればその性質上、原状回復は困難であり、また、収容者らが出頭しない場合には、実質的な弁論をすることができずに敗訴を強いられ、あるいは、民訴法一四〇条三項の擬制自白や同法二三八条の訴えの看做し取下げの規定が適用されかねず、そのような事態になれば収容者らには回復困難な損害が生ずることになるが、被告所長は当該口頭弁論期日の前日に収容者らに出頭禁止処分の告知をしているため、事前に救済を求める以外に有効な方法はないから、本件の義務確認訴訟は許されるべきである。

(三) 獄外原告らについては、裁判を受ける権利は当然保障されているが、右権利の行使として、一〇三号事件におけては、共同原告である収容者らと公開法廷に同席することにより統一した弁論を展開することができるというべきであり、そのようにして初めて有利に訴訟を展開することができるところ、本件処分により収容者らが一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭できないため、獄外原告らは、収容者らとの統一した弁論が展開できず、裁判を受ける権利を実質的に侵害されているから、本件処分の無効確認及び取消しを求める利益を有しているものである。また、今後も収容者らの出頭が禁止される場合には充分な弁論ができずに敗訴するおそれが充分にあるから、被告らに対して収容者を一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させる義務があることの確認を求める利益を有しているものである。

6  損害

(一) 収容原告らの損害

収容原告らは、本件処分により一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭する権利を奪われている。そして、一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭することが禁止されているため、収容原告らは、実質的な弁論をすることができず、また、不出頭により、民訴法一四〇条三項の擬制自白の規定や同法二三八条の訴えの看做し取下げの規定の適用されかねない状態にあるから、本件処分による一〇三号事件の口頭弁論期日の出頭の禁止は、実質的には、基本的人権である収容原告らの裁判を受ける権利の拒否もしくは敗訴の強制である。

収容原告らの右損害を金銭に見積もれば、収容原告各人につき金一〇万円が相当である。

(二) 獄外原告らの損害

獄外原告らは、本件処分により一〇三号事件の口頭弁論期日において収容者らと統一した弁論を展開する権利を奪われている。更に、獄外原告らは、一〇三号事件の合計七回の口頭弁論期日に毎回出頭したが、収容者らが出頭できないためにいずれの期日にも実質的弁論を行うことができなかつたため、出頭のための交通費が無意味となり、更に、出頭当日の日当相当額の経済的損失も受けている。

獄外原告らの右損害を金銭に見積もれば金一五万円が相当である。

7  責任

本件処分は、被告国の公権力の行使として、被告所長がしたものであるから、被告国は、国家賠償法一条により、本件処分により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

8  よつて、原告らは、被告所長に対し本件処分の無効確認とその取消しを、被告らに対し収容者らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させる義務があることの確認を求めるとともに、被告国に対し収容原告らについて右6(一)記載の損害賠償として各金一〇万円、獄外原告らについて同(二)記載の損害賠償として各金一五万円及び原告ら全員について右各金員に対する本件訴訟の原因となつた本件書籍の閲読不許可処分の日である昭和五五年五月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告らの本案前の主張

1  本件処分の無効確認及び取消しを求める訴えについて

(一) 収容原告らのうち原告羽原起興は、被告所長に対し一〇三号事件の昭和五六年六月二六日の口頭弁論期日の出頭の出願をしておらず、同原告に対する右期日の出頭不許可処分は存在しない。

(二) 獄外原告らは、本件処分を受けた者ではないから、本件処分の無効確認及び取消しを求める法律上の利益を有しない。

(三) 本件処分の対象となつた一〇三号事件の口頭弁論期日は既に終了しているから、原告らには、その無効確認及び取消しを求める法律上の利益は存在しない。

2  義務確認訴訟について

収容者らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させる義務があることの確認を求める訴えのうち、被告所長に対するものは、公権力の行使に関する事前の義務確認訴訟と解されるが、三権分立の原則から、行政権の行使は第一次的には行政庁の判断に任されるべきであつて、不適法なものであり、また、被告国に対する訴えは、民事上の請求の形式をとつているが、実質的には被告所長の公権力の行使に関するものであるから、通常の民事上の請求に係る訴訟ではなしえない不適法なものである。

三  被告らの本案前の主張に対する原告本多良和の反論

1  仮に、原告羽原起興が一〇三号事件の昭和五六年六月二六日の口頭弁論期日について被告所長に対して出頭の出願をしていないとしても、被告所長は、東京拘置所に収容されている原告らの出願の有無に拘わらず、当該期日に出頭させるべき憲法上の義務があるから、右期日に同原告が出頭していない以上、被告所長による出頭不許可処分があるというべきである。

2  本件処分の対象となつた一〇三号事件の口頭弁論期日は既に経過しているが、本件処分による原告らの損害、不利益は現在も継続的に存在するばかりか、将来も同様の不許可処分が予想されるなど将来に向けても反復継続的に生ずるものであることは明らかである。更に、本件処分の取消しあるいは無効確認が確定すれば、必然的に収容者らが不出頭のもとでされた一〇三号事件の口頭弁論期日の訴訟手続きは違法なものとなつて、口頭弁論期日と弁論はやりなおされることになる筈であるから、本件処分の対象となつた口頭弁論期日が既に経過しているとしても、原告らには、その無効確認あるいは取消しを求める利益があるというべきである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、獄外原告らが「獄中者組合」の獄外事務局員であることは不知、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、一〇三号事件の口頭弁論期日が原告ら主張の日に開かれたこと、収容者らのうち東京拘置所に収容されていたものの更に一部のもの(その人数は後記五1(一)及び(二)のとおり。)が被告所長に対し右各期日につき出頭の出願をしたこと、この出願のすべてにつき、被告所長が出頭不許可処分をし、各口頭弁論期日の前日に出願者に対しその旨の告知をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、原告羽原起興を除く収容原告らは、右の全期日につき出頭の出願をしているが、原告羽原起興は、昭和五六年六月二六日の期日につき出頭の出願をせず、他の期日についてだけ出頭の出願をしている。したがつて、同原告に対する右期日の出頭不許可処分はない。

4  同4ないし8は争う。

五  被告らの本案の主張

1  本件処分の経緯

(一) 一〇三号事件の原告らのうち、当時東京拘置所に収容されていた収容原告らを含む一七名について、昭和五六年五月二七日午前一一時を第一回口頭弁論期日とする呼出状が送達されたことから、右の一七名のうち、収容原告らを含む一三名が、被告所長に対して当該期日の出頭の出願をした。

被告所長は、右各出願について検討した結果、いずれについてもこれを許可しないこととし、同月二六日、右各出願者に対し、次のとおりの理由を付してその旨の告知をした。

(1) 民事事件においては、訴訟代理人制度が活用でき、また、その費用が負担できない場合には法律扶助の手続きが可能である。

(2) 第一回口頭弁論期日においては、民訴法一三八条により訴状及び準備書面の提出をもつて擬制陳述の取扱いを受けうる余地がある。

(3) 管理運営上支障が大であり、出頭させることは困難である。

(二) 第二回口頭弁論期日ないし第七回口頭弁論期日

第二回口頭弁論期日以降の一〇三号事件の原告らのうち、東京拘置所に収容されていた人数(収容原告らを含む。)、出頭出願者数(原告羽原起興の第二回期日を除き収容原告らを含む。)は次のとおりであるが、被告所長は、右出願についていずれも出頭不許可処分(本件処分)をし、当該期日の前日に各出願者に対して、右(一)(1)、(3)と同様の理由を付してその旨の告知をした。

口頭弁論期日

収容原告数

出願者数

昭和五六年六月二六日

一六名

九名

同年九月二日

一六名

一〇名

昭和五六年一一月二日

一五名

七名

同年一二月二四日

一五名

七名

昭和五七年三月二三日

一五名

七名

同年七月一五日

一三名

七名

なお、原告羽原起興は、昭和五六年六月二六日の第二回口頭弁論期日については出頭の出願はしていない。

2  本件処分の適法性

(一) 国家が法律の手続きによつて、人身の自由を奪い得ることは、憲法三一条の反対解釈からも明らかであるが、監獄に拘禁されている刑事被告人は、刑事訴訟法に基づき逃亡又は罪証隠滅の防止を目的としてその居住を監獄内に限定するものであり、その目的達成のために、刑事被告人が民事事件の訴訟を提起した場合であつても、訴訟遂行の目的で裁判所に出頭することについて制限を受けることは当然のことである。そして、民事事件は、訴訟代理人に委任して訴訟を遂行することができるのであつて、本人自らが口頭弁論期日に出頭できないとしても裁判そのものを拒否されることはないし、費用の関係で訴訟代理人を選任することができない者に対しては、法律扶助協会による法律扶助によつて、弁護士である訴訟代理人を選任する途も開かれている。したがつて、監獄の長は、刑事被告人についての右拘禁目的を達成するために必要かつ合理的な範囲内において当該事件の種類、性質、本人自ら出頭する必要性の程度及び出頭が拘禁に及ぼす影響、職員配置等を総合的に勘案したうえで、その裁量権に基づいて、当該口頭弁論期日に本人自らを出頭させるか否かの許否を決することができるというべきである。

(二) 管理運営上の支障

第一回口頭弁論期日当時、東京拘置所に収容されていた一〇三号事件の原告は一七名であるが、そのうちには、死刑判決確定者一名、判決において死刑を言い渡されている者五名、無期懲役を言い渡されている者二名が含まれており、また、右一七名の大半は、いわゆる連合赤軍リンチ事件、連続企業爆破事件等社会の重大な関心を集めた事件の関係者であるから、これらの者の拘禁及び戒護に当たつては、一般の在監者以上の細心の配慮を必要とするものであり、公判出廷以外の事由で施設外に連れ出すことは、やむを得ない必要性が認められ、かつ、警備、戒護能力の及ぶ範囲で、その拘禁及び戒護に万全を期し得る場合に限られなければならない。

一〇三号事件の原告らは、監獄解体などを標ぼうする「獄中者組合」と深い関係を持つ者で、戦闘的、独善的な思想に基づき、東京拘置所内において、ことあるごとに外部の支援者と連帯して不法なハンガーストライキ、シユプレヒコール等の種々の規律違反行為を反復して行つていること、同原告らの公判の審理状況等を考慮すると、同原告ら多数の者を一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させると、支援者である傍聴人と呼応連帯して暴行、けん騒等の行為を反復して、いわゆる「荒れる法廷」を現出させ、更には、拘禁上最悪の事態の発生すら十分予想されていた。また、一〇三号事件においては、訴訟提起の当初から、閲読不許可処分の対象となつた本件書籍が同事件の収容されていない原告二名から甲号証として提出されて、裁判所の記録に編綴されており、同事件の収容されている原告らを出頭させれば、記録の閲読等により、本件書籍を閲読不許可処分にした趣旨そのものが損なわれるおそれがあつた。

右のような事態の発生が予想されるにも拘わらず、同事件の収容されている原告らを口頭弁論期日に出頭させ、しかも拘禁目的及び本件書籍を閲読不許可処分にした趣旨を維持、確保するためには、極めて多数の戒護職員による特別厳重な警備体制が必要であり、当時の東京拘置所の配置職員数、東京地方裁判所の仮監の室数、一般刑事事件の出廷人員等の諸事情を考慮すると、同原告らを一〇三号事件の第一回口頭弁論期日に出頭させることは不可能な状態であつた。

昭和五六年六月二六日の第二回口頭弁論期日以降昭和五七年七月一五日の第七回口頭弁論期日までについても、右と同様の状況にあつた。

(三) 被告所長は、一〇三号事件の原告らのうち、東京拘置所に収容されている者を口頭弁論期日に出頭させることは右(二)のとおり管理運営上支障があること、一〇三号事件は東京拘置所の施設に対する不信感、抗争心を助長させるような内容が記述された本件書籍の閲読の可否をめぐる訴訟であるところ、収容されていない原告らから本件書籍が甲号証として提出されていること、一〇三号事件の原告らのうちには収容されていない者(訴え提起当時二名)が存し、収容されている原告らを出頭させなくても立証活動上さほどの支障は生じないこと等の諸事情を考慮して、本件処分をしたものであるから、本件処分は違法なものではない。

(四) 原告らの本件処分が憲法違反であるとの主張に対する反論

(1) 憲法三二条に定める裁判を受ける権利とは、民事事件についていえば、裁判所に訴訟提起をする自由(この反面、裁判所は適式な訴えに対しては、裁判を拒絶することが許されないこと)を意味するにとどまり、裁判所に自ら出頭して訴訟を遂行する自由までを包含するものではない。もとより、かかる自由も広い意味において憲法一三条の保障する自由ないし権利に属し、できうる限り尊重されなければならないが、それは絶対的無制限のものではなく、公共の福祉に服すべきものである。そして、収容者らは、刑事被告人、懲役刑確定者又は死刑確定者として東京拘置所に収容され、その拘禁目的の達成のために本件処分がされたのであるから、本件処分は、憲法三二条に違反しないものである。

(2) 憲法八二条一項は、裁判の対審及び判決は、公開法廷で行う旨規定しているが、同項は、裁判の手続きを定めた規定にすぎず、当事者に対する出頭の権利を保障する規定ではないから、本件処分により収容者らが一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭できなかつたとしても、同項に違反するものではない。

(3) 一〇三号事件の口頭弁論期日に収容者らを出頭させなかつたことにより、司法権の独立が侵害されるようなことはないから、本件処分は、憲法七六条に違反するものではない。

(4) 右(一)ないし(三)及び(1)ないし(3)記載のとおり、本件処分は、合理的な理由を有し、憲法上も許されるものであつて、憲法一四条が禁止する不合理な差別に当たらないから、本件処分は、憲法一四条に違反するものではない。

六  被告らの本案の主張に対する原告冨塚信宏、同藤沢典子及び同本多良和の認否

1  被告らの本案の主張1のうち、被告ら主張の呼出状が送達されたこと、被告所長が一〇三号事件の原告らのうち東京拘置所に収容されていた者らからの出頭の出願に対して被告ら主張のような理由を付して出頭不許可処分をし、それを出願者に告知したことは認め、出願者数は不知、原告羽原起興が昭和五六年六月二六日の口頭弁論期日について出頭の出願をしなかつたことは否認する。

2  同2は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  原告らの被告所長に対する本件処分の無効確認及びその取消しを求める訴えについて

原告らは、被告所長が、収容者らに対し、一〇三号事件の各口頭弁論期日(その各期日が請求原因3のとおりの日に開かれたことは当事者間に争いがない。)の出頭不許可処分をしたと主張している(原告らは、請求原因3においては、収容者らのうち当時東京拘置所に収容されている者のみについての出頭不許可処分を問題としているようにみえるが、請求の趣旨1では、収容者ら全員の右不許可処分を問題としていると解されるので、収容者ら全員について右不許可処分がされたとの主張があるものとして判断する。)。

ところで、右のような口頭弁論期日についての出頭不許可処分の効果は、その対象となつた口頭弁論期日にのみ及ぶものであつて、その後の口頭弁論期日には及ばないものと解されるから、右の処分は、当該口頭弁論期日の経過とともに、その効果が失われるものというべきであり、また、その効果が失われた後に、なお右の処分が存在することを理由にある個人を不利益に取り扱い得ることを定めた法令上の規定はない。

そうすると、仮に原告ら主張のとおりの出頭不許可処分が存在するとしても、その対象となつた口頭弁論期日を経過していることは明らかであるから、原告らには、本件処分の無効確認又はその取消しを求める法律上の利益はないものというほかない。

なお、原告本多良和は、本件処分による損害、不利益は現在も存在していると主張しているが(事実摘示第二の三2)、その損害、不利益の主たるものは、当該口頭弁論期日に原告らの望む形での弁論、すなわち、共同原告らによる統一した弁論ができなかつたという事実上の不利益を指すものと解され、また、その他の損害、不利益とは出頭した原告らの交通費、日当相当額の経済的損害と解されるところ、これら不利益は、いずれも本件処分の無効確認又はその取消しを得たからといつて回復しうるものではないから、本件処分の無効確認又はその取消しを求める法律上の利益とはいえない。

したがつて、原告らの本件処分の無効確認及びその取消しを求める訴えは、いずれも不適法なものである。

二  原告らの被告らに対する収容者らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させる義務があることの確認を求める訴え(以下「本件義務確認訴訟」という。)について

1  本件義務確認訴訟は、監獄に収容されている者を当事者とする民事事件の口頭弁論期日に当事者である収容者らが出頭することにつき許可をする義務があることの確認を求めるものと解される。そして、右許可は公権力の行使である行政処分に当たるから、本件義務確認訴訟は、いわゆる無名抗告訴訟のうちの義務確認訴訟に該当するものというべきである。

ところで、右の義務確認訴訟は、行政庁が当該処分をするか否かの判断をする以前に、司法判断により行政庁の行政権限の行使を拘束するもので、行政庁の行政処分をすべきか否かの第一次的判断権を排除するものである。それゆえ、右訴訟を適法とするためには、少なくとも、行政庁の第一次的判断権を尊重する必要がないとすべき特段の事情の存することを要すると解すべきところ、後記三のとおり、監獄に収容されている者を、民事事件の口頭弁論期日に出頭させるか否かについては、当該監獄の長の裁量に委ねられているものであり、しかも、本件において、行政庁の第一次的判断権を尊重する必要がないとすべき特段の事情があるとは認め難い。

したがつて、本件義務確認訴訟は、不適法なものである。

2  なお、本件義務確認訴訟は、右の1のとおり不適法なものであるが、以下の理由でもやはり不適法なものである。

(一)  被告国に対する訴え

本件義務確認訴訟は、公権力の行使に関する不服の訴訟であつて、無名抗告訴訟として提起すべきものであり、無名抗告訴訟においては、当該行政処分を行う権限を有する行政庁を被告とすべきものであるところ、監獄に収容されている者を民事事件の口頭弁論期日に出頭させるか否かにつき権限を有する者は当該監獄の長であるから、本件義務確認訴訟は、当該監獄の長を相手方として提起すべきものである。したがつて、被告国を相手方とする本件義務確認訴訟は、被告適格を有しない者を被告とする不適法なものというほかはない。

なお、仮に、本件義務確認訴訟が通常の民事上の請求に係る民事訴訟として提起されているものであるとしても、公権力の行使に関し通常の民事上の請求に係る訴訟を提起することが許されないことはいうまでもないから、本件義務確認訴訟はやはり不適法である。

(二)  被告所長に対する訴えについて

(1) 獄外原告らの訴え

獄外原告らは、収容者らが、一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭できないため、同原告らと統一した弁論が展開できず、裁判を受ける権利を侵害され、敗訴するおそれがあるから、本件義務確認訴訟につき法律上の利益がある旨を主張しているが、獄外原告らは、収容者らが一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭しなくても、自らが必要と判断する訴訟行為をすることができ、収容者らが出頭できないことによりその訴訟活動が法律上制約を受けるものとは到底認められず、したがつて、右原告らの主張する不利益は、事実上の不利益に過ぎず、法律上の利益とはいえない。そして、他に、収容者らの一〇三号事件の口頭弁論期日への出頭により、獄外原告らが法律上の利益を得ることを首肯させるに足る事情も見当たらない。そうすると、獄外原告らの被告所長に対する本件義務確認訴訟は、それを求めるにつき法律上の利益を欠く者が提起したものとして、不適法なものである。

(2) 原告羽原起興及び同磯江洋一の訴え

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一五号証によれば、現在、原告羽原起興は、懲役刑確定者として府中刑務所に、同磯江洋一は、同じく旭川刑務所にそれぞれ在監している事実が認められ、被告所長は、現在、同原告らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させるか否かを決定する権限を有していないから、同原告らの被告所長に対する本件義務確認訴訟は被告適格を有しない者を相手方とする不適法なものである。

三  被告国に対する損害賠償請求について

1  収容者らが、本件処分(一〇三号事件の口頭弁論期日が請求原因3のとおりの日に開かれたことは当事者間に争いがないところ、原告らは、収容者ら全員に対し右全期日につき被告所長の出頭不許可の処分が存在することを前提として主張している。右処分のうち一部については被告らにおいてもその存在を肯認していることは事実摘示第二の四3、五1(一)、(二)のとおりである。そこで、以下では、仮に原告ら主張の出頭不許可処分が全部存在するものとして判断する。以下では、右の出頭不許可処分を総称して、「本件処分」という。)当時、刑事被告人、懲役刑確定者若しくは死刑確定者として東京拘置所に又は懲役刑確定者として他の監獄にそれぞれ収容されていた者であることは、当事者間に争いがない。

2  そこで考えるに、憲法三二条、八一条一項の規定は、直接には、裁判所に訴訟を提起して権利利益の保護を求めることを保障し、又は、裁判の対審及び判決を公開の法廷で行うべきものとしているものであるが、これらの規定の趣旨及び憲法一三条の規定の趣旨に懲すれば、原告らが主張するような、裁判所に訴訟を提起した者につき裁判所に出頭する自由(以下「出頭の自由」という。)を保障しているものと解される。しかし、出頭の自由は、その制限が絶対に許されないものとすることはできず、これに優越する公共の利益のための必要から、一定の合理的制限を受けることがあるのは当然である。

しかして、本件で問題となつているのは、未決拘禁者(勾留中の刑事被告人を指す。以下同じ。)、懲役刑確定者又は死刑確定者に対する右の自由の制限であるが、それぞれの者について次のように考えることができる。

(一)  まず、未決拘禁者は、逃亡又は罪証隠滅の防止という勾留の目的により、その居住を監獄内に限定されているものであつて、その限度で身体的行動の自由及びその他の自由に一定の制限を受けることを免れず、また、監獄内に居住を限定されることに伴い、その内部における規律及び秩序を維持するためにも、右の自由に一定の制限が加えられることを認めざるを得ない。しかしながら、未決拘禁者は、逃亡又は罪証隠滅の防止という目的のために必要な範囲以外では、原則として一般市民としての自由を保障されるべき者であるから、監獄内の規律及び秩序の維持のために自由を制限することが許されるためには、右の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることを必要とし、かつ、その場合の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解される。

(二)  次に、死刑確定者は、死刑執行に至るまでその居住を監獄内に限定されるものであり、監獄法上は原則として未決拘禁者に準じて取り扱われるものである(監獄法九条)。したがつて、その自由の制限に関しても、少なくとも、未決拘禁者と同様の範囲での制限は是認されるものである。

(三)  最後に、懲役刑確定者(以下「受刑者」という。)は、刑罰の執行として、その居住を監獄内に限定され、そこで定役に服するものであり、身体的行動の自由及びその他の自由は大幅に制限を受けるべきものであり、更に、監獄内の規律及び秩序を維持するためにも、右の自由に一定の制限が加えられることについては未決拘禁者と同様である。したがつて、その自由の制限は、未決拘禁者と比べより広い範囲にわたり得るものであつて、少なくとも、未決拘禁者と同様の範囲での制限が許られるのは疑いのないところである。

それゆえに、本件における出頭の自由の制限が、未決拘禁者について述べた基準によつても是認される程度のものであるとすれば、死刑確定者又は受刑者についても当然に是認されるものと解して妨げない。

そして、出頭の自由の制限については、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、監獄から当該民事事件の法廷への護送の際の戒護の難易、当該民事事件の審理の状況等諸般の事情を考慮した具体的場合のもとにおいて、被拘禁者に対し当該民事事件の口頭弁論期日に出頭を許すことによつて監獄内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる蓋然性が存するかどうか及びこれを防止するためにどのような内容、程度の制限措置が必要と認められるかについては、監獄内の実情に通暁し、直接その衝にあたる監獄の長の裁量的判断に委ねられるべきものであるから、障害発生の相当の蓋然性があるとした監獄の長の判断に合理的な根拠があり、その防止のために右の出頭を制限する措置が必要であるとの判断に合理性が認められる限り、監獄の長の出頭不許可処分は適法と解するのが相当である。

3  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二号証ないし第一一号証、第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  東京拘置所においては、昭和四九年ころから、監獄法関係法令に違反し、その撤廃を要求する等の対監獄闘争を通じて監獄の解体を実現することを目的とした獄中者組合に所属する、あるいはこれに同調する在監者らが、獄外事務局と連絡をとりながら、点検拒否、房扉乱打、ハンガーストライキ、シュプレヒコール等の規律違反行為を繰り返し、時には多数の者がこれに参加したため舎房全体が騒然となるなど、しばしば、施設の規律及び秩序維持に多大な支障を生じさせていた。そして、一〇三号事件の原告らは、いずれも獄中者組合に所属する者、あるいはこれに同調する者であつた。

(二)  一〇三号事件の原告らのうちには、死刑確定者一名、判決において死刑を言い渡されている者五名、無期懲役を言い渡されている者二名が含まれており、また、いわゆる連合赤軍リンチ事件及び連続企業爆破事件といつた社会的に耳目を集めた重大事件の刑事被告人も含まれていた。連合赤軍リンチ事件や連続企業爆破事件においては、過去に、刑事被告人及び傍聴している支援者が一体となつて騒ぎ立てる、いわゆる荒れる法廷があり、一〇三号事件の原告らのうち、本件訴訟の原告である荒井まり子、訴外大道寺將司、同黒川芳正、同片岡利明は、連続企業爆破事件の公判廷における言動により、法廷等の秩序維持に関する法律に定める監置処分を受けたこともあつた。

また、同事件の第一回口頭弁論期日の前日である昭和五六年五月二六日には、東京拘置所の近傍において、同事件の原告らの支援者による共同訴訟出頭要求なる示威行動が行われている。

(三)  一〇三号事件は、被告所長のした、同事件の原告ら(ただし、原告藤沢典子及び同本多良和を除く。)に対する本件書籍の閲読不許可処分の取消し及び右処分による損害の賠償請求事件であるが、同事件においては、第一回口頭弁論期日前に、原告藤沢典子及び同本多良和から、本件書籍が甲号証として提出され、同事件の事件記録に編綴されていた(以上の事実は、当裁判所に顕著である。)。

(四)  被告所長は、本件処分当時、未決拘禁者を刑事事件の公判廷に出頭させる場合に、社会的に耳目を集めた重大事件、被告人の身柄が奪取されることが予想される事件、被告人の実力による抵抗に対し戒護職員による強制力の行使をせざるをえないことが予想される事件等については、被告人一名に対して少なくとも職員三名により戒護し、その他にも警備要員を相当配置する取扱いをしていた。

また、本件処分当時の東京拘置所における保安課に勤務する職員は、約三五〇名であるが、夜勤明けの職員や休日に当たる職員を除くと、平日に勤務可能な職員は約二四〇名で、そのうち東京拘置所内の業務遂行に約一九〇名の職員が必要であつたため、収容者を施設外に連れ出す場合の戒護職員としては約五〇名が見込まれるに過ぎなかつた。なお、被告所長は、保安課の職員が不足する場合には、夜勤明けの職員をそのまま居残らせたり、職員の休暇を取り消したり、更には、事務職員に応援させることもあつたが、本件処分当時は、獄中者組合による対監獄闘争により、右状態が常態化していた。

一〇三号事件の原告らのうち、同事件の各口頭弁論期日の出頭を出願した人数は、少なくとも次表の出願者数のとおりであり(被告らの主張する数による。原告らは、この数より多人数を主張している。)、また、当日の刑事事件の公判廷に出廷する刑事被告人の戒護に要した職員数は次表の戒護職員数のとおりであつた。

期日

出願者数

戒護職員数

昭和五六年五月二七日

一三名

四五名

同年六月二六日

九名

四二名

同年九月二日

一〇名

三九名

同年一一月二日

七名

三九名

同年一二月二四日

七名

五六名

昭和五七年三月二三日

七名

四〇名

同年七月一五日

七名

四四名

(五)  被告所長は、

(1) 民事事件においては、訴訟代理人制度が活用でき、また、その費用が負担できない場合には法律扶助の手続きが可能であり、第一回口頭弁論期日においては、民訴法一三八条により訴状及び準備書面の擬制陳述の余地があることなどにより、東京拘置所に収容されている一〇三号事件の原告らが、同事件の口頭弁論期日に現実に出頭しなければならない必要性があるとはいえないこと、

(2) 一〇三号事件の原告らに言い渡されている刑には死刑、無期懲役刑など重刑がかなり含まれていること、同原告らのうち相当数が連合赤軍リンチ事件や連続企業爆破事件等の社会的に耳目を集めた重大事件の被告人であること、同原告らの中には死刑確定者一名含まれていることなどから、その戒護には特別な配慮を必要としているうえ、同事件の原告らと対監獄闘争を行つてきた獄中者組合との関係及び同事件の原告らの過去における刑事事件の審理状況、支援者の行動等から、同事件の口頭弁論においても、いわゆる荒れる法廷になることが充分に予想できるのに対し、これに充分に対応するに足るだけの職員の確保は、困難と判断したこと、

(3) 一〇三号事件の記録中には、本件書籍が編綴されており、東京拘置所に収容されている同事件の原告らを、同事件の口頭弁論期日に出頭させると右原告らが本件書籍を閲読し、被告所長が、本件書籍の閲読を不許可にした趣旨そのものが損なわれるおそれがあること、

を配慮のうえ、東京拘置所に収容されている一〇三号事件の原告らが、同事件の口頭弁論期日に出頭することを不許可とする旨の処分(本件処分)をした。

4  そこで、右2の観点にたち、右3の事実により、本件処分の適法性を判断する。

一〇三号事件の原告らを、同事件の口頭弁論期日に出頭させる場合には、同事件の口頭弁論がいわゆる荒れる法廷になることが充分に予想されることなどの事情から、その戒護に特別な配慮が必要であるとした被告所長の判断は、前記3(一)、(二)記載の事実に照らし、合理的な根拠を有するものと認められる。

また、右のような事情にある収容者について、被告所長が本件処分当時、刑事事件についてであるが、収容者一名に対して少なくとも三名の職員により戒護し、その他にも相当数の警備要員を配置する取扱いをしていたことは、あながち、不合理なものとは認め難く、したがつて、民事事件についても、同様の取扱いをすることを不合理とすることはできない。しかるところ、右3(四)認定の「出願者数」及び「戒護職員数」を前提とし、出願者数の一名に対し三名の戒護職員により戒護して同事件の口頭弁論期日に出頭させることとすると、各口頭弁論期日には右の「戒護職員数」と合わせて、少なくとも次の人数の戒護職員の配置が必要となる。

期日

戒護職員必要性

昭和五六年五月二七日

八四名

同年六月二六日

六九名

同年九月二日

六九名

同年一一月二日

六〇名

同年一二月二四日

七七名

昭和五七年三月二三日

六一名

同年七月一五日

六五名

そして、当時の同拘置所の収容者を施設外に連れ出す場合の戒護職員としては約五〇名が見込まれていたに過ぎないことは、右3(四)認定のとおりであるから、同事件の原告らのうち右3(四)の「出願者」のみを考えても、それらの者を同事件の口頭弁論期日に出頭させるには、なおその他にも必要とされる相当数の警備要員を考慮に入れないでも、一一名ないし三四名程度の戒護職員が不足していたことは計算上明らかである。

ところで、被告所長は、刑事訴訟法上、同法二八六条の二に規定する場合を除いては、東京拘置所に収容されている刑事被告人を刑事事件の公判廷に出廷させる法律上の義務を負つていると解されるのに対し、同拘置所に収容されている者を民事事件の口頭弁論期日に出頭させるべき旨を定めた法律上の規定はないので、同事件の各口頭弁論期日においては、刑事事件の公判廷に出頭する刑事被告人に、戒護職員を優先的に配置すべき義務があつたものというべきであり、また、右3(四)認定の東京拘置所内の業務遂行にあてるべき約一九〇名の職員のなかから、必要な戒護職員を捻出した場合には、同拘置所の管理運営上、支障が生ずることは明らかであるので、被告所長において、同事件の原告らを口頭弁論期日に出頭させるために必要な戒護職員を、右一九〇名から捻出すべき義務はなかつたものと解するのが相当である。それゆえ、同事件の原告らのうち右3(四)の「出願者」のみを考えても、それらの者を同事件の口頭弁論期日に出頭させる場合には、前記のとおり、相当数の警備要員を考慮に入れないでも、一一名ないし三四名程度の戒護職員が不足していたものというべきである。してみると、同原告らを同事件の口頭弁論期日に出頭させるのに必要な人数の戒護職員の確保を困難であるとした被告所長の判断は合理性を有するものと認められる。

そして、右のとおり、必要な人数の戒護職員の確保が困難である以上、収容者らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させた場合には、その戒護に放置することのできない支障が生ずる相当の蓋然性があり、その防止のために収容者らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させないこととする必要があるとした被告所長の右3(五)(2)の判断は、合理性が認められないとはいえない。

更に加えて、被告所長の右3(五)(3)の判断も、右3(三)の事実に照らし、必ずしも合理性がないとはいえないし、被告所長の右3(五)(1)の判断も、根拠を欠く不合理なものとまでは断定し難い。

したがつて、本件処分は適法なものというべきである。

なお、被告所長が、原告羽原起興、その他の収容者について、他の民事事件では、同人らを当該口頭弁論期日に出頭させている事実が仮にあるとしても、出頭の許否は、具体的事情のもとにおける判断であるから、右の事実は直ちに前示の結論を左右するに足るものではない。また、同所長において、東京拘置所に収容されている一〇三号事件の原告らを、それらの者の刑事事件の公判廷に出頭させているとしても、同所長は収容されている刑事被告人を刑事事件の公判廷に出頭させる義務を負つているものと解されることは前述のとおりであるから、本件処分とはその事情を異にするものであつて、やはり右結論を左右するに足るものではないというべきである。そして、民事事件と刑事事件とはその本質を異にするものであるから、右のように、拘置所に収容されている者の法廷への出頭についての取り扱いに差があるとしても、その差別は合理的なものであつて、憲法一四条に違反するものでないことはいうまでもない。

5  原告らは、被告所長の本件処分が違法であることを前提として、被告国に対する損害賠償請求を求めているが、右2ないし4で判示したとおり、本件処分は(仮にそれが全部存在するとしても、)適法であるから、原告らの主張はその前提を欠き失当である。

四  よつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの被告所長に対する訴え及び被告国に対する収容者らを一〇三号事件の口頭弁論期日に出頭させる義務があることの確認を求める訴えはいずれも不適法としてこれを却下し、原告らの被告国に対するその余の請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木康之 塚本伊平 加藤就一)

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